
「クリームソーダ・クリームソーダ・全体的社会的事実〜展覧会として時間を贈ること〜」
展覧会とは鑑賞者に時間を贈ることでもあります。
贈与を理論化したフランスの人類学者にマルセル・モースがいます。
モースは『贈与論』において、贈与を単なる物質的交換ではなく、社会の全体性を織り成す「全体的社会的事実」として捉えました。
贈与は、物質的なやり取りにとどまらず、宗教的、経済的、感情的な多次元性を持つ行為であり、それが社会の絆を形成し、維持する力となると彼は考えました。
それは今を生きる現代の私たちの社会の中にも生きていることでしょう。
そして、ドイツの小説家ミヒャエル・エンデは、小説『モモ』の中で、モモが友人や町の人々に対して「時間を贈る」行為を行なっていました。それは一見ただの遊びのようですが、計画や効率、見返りとは無縁であり、むしろ関係性の中で自然に発生するものでした。
しかしながら、時間泥棒と呼ばれる灰色の男たちというのが、モモの周囲の人々から計画や効率といったものを理由に、生活から本来豊かであった時間を奪っていきます。
モモの奮闘は、そうした分断され奪われた社会的なつながりそのものを癒し、再構築する行為であるのでした。
モースの理論とエンデの物語が交わるところに、時間の贈与が持つ多次元的な力が浮かび上がることでしょう。
時間は、時計で測られる直線的なものではなく、関係性の中で絶えず生まれ変わる流動的なものでもあります。
この展覧会は、様々な作家の作品から、時間をモースの「全体的社会的事実」として捉え直し、かつモモの「時間を贈る行為」のような美術の多面的な意味を考察する試みであります。
本展キュレーター 綿木洋子